どうも、日田出身の有名人の話になると急に早口になるマーです。
県外の人と話していて「日田って誰の出身地なん?」と聞かれたら、いつも指を折りながら答えています。『進撃の巨人』の諫山創先生に江藤愛アナに……と、だいたい片手では足りません。
そこで今回は「出身」だけでなく「住んでいた」「働いていた」「おじいちゃんおばあちゃんが日田」まで広げて、改めて調べてみました。すると想像以上にとんでもない顔ぶれがそろったんです。そんな日田ゆかりの有名人を一気に紹介していきます。
※2026年11月1日時点で番組の紹介ページや新聞・雑誌の記事、Wikipediaなどで調べた内容です。
まずは王道。日田出身の有名人
諫山創先生(『進撃の巨人』作者)
言わずと知れた『進撃の巨人』の作者です。旧大山町(今の日田市大山町)のご出身で、日田林工高校を卒業されています。ご実家は梅農家。大山町といえば梅なので、地元民としては「やっぱりか」という感じです。
そして個人的に一番グッときたのがこちら。高校時代のバイト先が【想夫恋 大山店】さんだったそうです。想夫恋さんは日田焼きそば元祖のお店で、先生の地元にある大山店には直筆サインもあります。進撃と日田焼きそばがまさかの一本の線でつながりました。いつかサインを拝みに行こうと思います。もちろんコショウは多めで。

江藤愛さん(TBSアナウンサー)
TBSの江藤愛アナも日田市のご出身です。日田高校時代は登山部のマネージャーだったそうです。
青山学院大学を卒業して2009年にTBSに入社。担当番組は朝の『THE TIME,』に昼の『ひるおび!』、夜の『CDTVライブ!ライブ!』まで。朝・昼・夜の番組をすべて受け持ってきたアナウンサーです。
大きな番組の司会も任されてきました。2023年は『世界陸上』と『アジア大会』の中継でメインキャスターを務め、2025年の『音楽の日』では安住紳一郎アナと並んで総合司会を担当しています。
もちろん人気もすごいです。オリコンの「好きな女性アナウンサーランキング」では2023年から3年連続で2位。スポーツも音楽もバラエティもこなす「オールラウンダー」ぶりが評価されているそうです。
さらに2021年には入社12年目で課長にあたる役職に昇進しました。TBSの女性アナウンサーとしては異例の早さだったそうです。
2010年には日田市で初めての「水郷ひた観光親善大使」にも任命されました。きっかけは『みのもんたの朝ズバッ!』で共演していたみのもんたさんの「観光大使になっちゃいなさいよ」のひと言だったとの事。テレビで見かけるたびに勝手に親戚のおじさん目線になっているのは、たぶん私だけではないはず。
筑紫哲也さん(ジャーナリスト)
TBSつながりでいうと、ニュースキャスターの筑紫哲也さんも日田の生まれです。1935年に大分県日田郡小野村(今の日田市)で生まれました。筑紫家は江戸時代から続くお医者さんの家系だったそうです。
朝日新聞の記者や『朝日ジャーナル』の編集長を経て、TBS『筑紫哲也NEWS23』のキャスターを18年あまり務めました。夜のニュースの顔として覚えている方も多いと思います。
そして1994年に日田で市民大学「自由の森大学」ができた時には学長になり、2006年に閉校するまで務めていたそうです。全国区のキャスターが地元の大学の学長。日田市民としては胸が熱くなります。
結木滉星さん(俳優)
俳優の結木滉星さんも日田市のご出身です。スーパー戦隊『快盗戦隊ルパンレンジャーVS警察戦隊パトレンジャー』のパトレン1号でご存知の方も多いと思います。2026年はNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』に織田信長の三男・織田信孝役で出演されています。これが大河ドラマ初出演です。
そしてもうひとつ驚きの事実が。結木さん、実はサッカー日本代表・三笘薫選手のお兄さんなんです。2023年に出演したバラエティ番組『ネプリーグ』で、さらっと明かしていました。と、いうことは・・・?
実は日田とつながっていた有名人
三笘薫選手(サッカー日本代表)
お待たせしました、弟の三笘薫選手です。育ったのは神奈川県川崎市。小学生のころから川崎フロンターレの下部組織でプレーしていました。
ただ!生まれは日田なんです。ご本人もプレミアリーグ公式のインタビューで「大分県で生まれて神奈川県の川崎市で育ちました」と話しています。おじいちゃんおばあちゃんも日田市の出身との事。
以前、地元のテレビで屋形船に乗りながらインタビューを受けた際に日田の人と名乗っていいかを聞かれて「はい」と答えていたのを私は見ました。というわけで三笘選手は日田の人です。異論は認めます。
タモリさん
笑っていいとも、ミュージックステーションなどでお馴染み、あのタモリさんは20代のころ、日田で2年半ほど過ごしていたそうです。しかもボウリング場で働いていて、支配人までされていたとの事。
2021年2月13日に放送された『ブラタモリ』の日田回「進撃の日田〜“囲まれた世界”の宝とは?〜」では、タモリさん本人が当時の思い出を語っていてそのボウリング場の今も紹介されていました。タモリさんと同じ日田の空気を吸っていたと思うと、なんだか背筋が伸びます。時期はまったくかぶってませんけど。
畑正憲さん(ムツゴロウさん)
動物好きでおなじみのムツゴロウさん。生まれは福岡市ですが、お父さんの郷里である日田市で中学・高校時代を過ごしました。日田高校から東京大学に現役合格されています。
ちなみにムツゴロウさんと江藤愛アナは、どちらも日田高校の卒業生です。実は私も日田高校の出身。お二人との共通点は、たぶん同じ校歌を歌える事くらいです。
歴史上の人物も
廣瀬淡窓(咸宜園を開いた儒学者)
日田で育った人なら、まず知らない人はいないのが廣瀬淡窓です。1782年に豆田町の商家「博多屋」の長男として生まれた儒学者で、1805年に日田で私塾を開きました。1817年に塾を移して名付けたのが「咸宜園」。その場所の地名は今、そのまま「淡窓」になっています。
咸宜園は江戸時代で日本最大級の私塾になり、80年間で約4,800人が入門しました。一番の特徴は「三奪の法」。身分も出身も年齢も関係なく全員が同じスタートラインから学ぶ仕組みです。毎月の試験の成績は「月旦評」として発表され、級が上がったり下がったりしたそうです。
門下生の顔ぶれもすごいです。蘭学者の高野長英に幕末に活躍した大村益次郎、「日本写真の開祖」と呼ばれる上野彦馬。のちに総理大臣になる清浦奎吾も咸宜園で学びました。
淡窓が塾生に向けて詠んだ「休道の詩」も有名です。「道ふを休めよ他郷苦辛多しと」で始まる詩で、故郷を離れて学ぶ塾生に「仲間がいるじゃないか」と語りかけています。教科書に載ったこともあるそうです。
咸宜園跡は1932年に国の史跡になり、2015年には日本遺産にも認定されました。今も秋風庵や遠思楼の建物が残っていて、咸宜園教育研究センター(入館無料)では淡窓や門下生のことを学べます。豆田町にある廣瀬資料館は、淡窓の生家である廣瀬家の旧宅の一部を使った資料館です。日田では社会見学で資料館などに行くので、子どものころから自然と淡窓先生の名前を覚えるんです。
ほかにも、さらっと
- 松方正義:明治のはじめに日田県の初代知事をつとめ、のちに総理大臣になった人です
- バーナード・リーチ:イギリスの陶芸家。小鹿田に滞在して焼き物を研究しました
名字まで日田が本場だった
調べていて一番「へぇ〜」となったのが名字の話です。
- 「諫山」さんは日田市に約490人。全国の約17%が日田市にいて、市区町村別で全国一多いそうです(名字由来netより)
- 「三笘」さんも日田市が全国で一番多いそうです(姓氏研究家・森岡浩さんの記事より)。もとは福岡市東区の地名「三苫」から来た名字で、日田で「笘」の字に変わったと考えられているとの事
つまり諫山先生も三笘兄弟も、名字からしてド本場の日田っ子だったわけです。三笘選手は日田の人だという私の主張も、これでますます説得力が増しました。
おまけ:豊臣兄弟つながりで、今だけ見られる鎧
結木さんが出演中の『豊臣兄弟!』の主人公は、豊臣秀吉の弟・秀長です。その秀長のものと伝わる鎧が、なんと豆田町の【草野本家】さんにあります。
蔵に保存されていた鎧を2001年(平成13年)に甲冑師の明珍宗恭さんが修理・鑑定したところ、秀長のものである可能性が極めて高くなったそうです。2006年にはNHK『その時歴史が動いた』の秀長特集でスタジオに展示されたとの事。
今は天領まつりの時期に合わせて特別公開中です。大河を見ている方はこのタイミングでぜひ。
■期間:2026年11月23日(月・祝)まで
■開館時間:10時〜17時(入館は16時30分まで)
■定休日:水曜日・木曜日
■住所:大分県日田市豆田町11-4
※情報は2026年11月1日時点の草野本家公式サイトより。最新情報は公式サイトをご確認下さい。

まとめ
日田出身の有名人は諫山先生だけではありませんでした。アナウンサーにニュースキャスター、大河俳優とサッカー日本代表の兄弟。さらにタモリさんにムツゴロウさんまで。日田、意外と人を引き寄せる街なのかもしれません。
これで次に県外の人に聞かれたら、両手を使っても足りなさそうです。また早口になりますけど。他にも「この人も日田ゆかりよ」という方を知っていたら、ぜひ教えて下さい。
ではまた。










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